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2015-08-11
嫁ぎ先の家庭崩壊で義兄豹変、何もできない私が取った行動とは?

嫁ぎ先の家庭崩壊で義兄豹変、何もできない私が取った行動とは?
7013 pv

結婚して幸せだった家庭が、義父が亡くなったことがきっかけで、もろくも崩れ去っていく。支えになるはずの義兄が、負担にしかならない。見かねた私は、姉を不憫に思うことしかできず、その結果、姉が急逝してしまいました。

今年の3月に姉が逝きました。
長兄から知らせを受けた時は、驚きで言葉を失い、ズーンと重い塊が胸を圧迫し
怒りとも…悲しみとも…つかない真っ黒な想いに包まれて行きました。

そして…追い討ちをかけるように
『簡単に家族葬で済ますから、葬儀への列席は結構です。』
との…義兄からの伝言を聞いた時には、怒りを通り越して、呆れ果て、涙も出ませんでした。

親兄弟が住む関東を離れ、一人22才で九州長崎に嫁いだ姉。
長女らしいしっかり者で、ニコニコと細やかな気配りの出来る女性でした。
男2人・女2人、一番上と一番下の姉妹
末っ子の私は年の離れた姉が大好きで、姉のお下がりは何でも喜んで使っていた程です。

そんな姉のお相手の男性は、話し上手でユーモラスな人でしたが、何分にもボンボン育ちで
両親はかなり心配し、反対もしたようです。

それでも…同居の嫁として、又、慣れない商家の嫁として、
様々な苦労をしながら、二人の子供に恵まれ、経済的にも余裕のある生活は、
それなりに幸せだったようです。

その暮らしが一変したのは、地元の奥様としてすっかり馴染んだ頃、
嫁ぎ先の父親が他界してすぐの事でした。
商家にありがちな、父親のワンマン経営で成り立っていた家業は、
妻や息子夫婦には知らされていない、多額の借金を抱えていたのです。
その後始末は案の定…会社・家屋敷…全てを手放し
無一文になるという結末でした。

夫を亡くした母親はショックからか、認知症を発症し、そのまま老人介護施設に入所
姉夫婦は小さなアパートに引越し、仕事を探すしかありませんでした。
救いだったのは、娘と息子がちょうど独立した頃だった事です。

それから間もなく…

義兄の最悪の本性が現れ始めました。
タクシー運転手として、働き出したものの、跡継の長男として父親に甘やかされ、
幼い頃に実母を亡くした後の、継母にはもっと甘やかされて育った義兄。

そんな義兄が他所で通用するはずがありません。
仕事での売り上げも上がらず、酒・女・博打と散々な仕打ちの上、
姉の貯金も使い果たし、借金まで作り、生活にも困る日々だったようです。

そんな苦労話は、昔ながらの映画やドラマのようだと、
姉が電話で話していたのを思い出します。
夫婦の形はそれぞれですが、義兄が姉を選んだ理由の中には、
弱い自分を見捨てる事無く支え、甘えさせてくれる女性だと分かっていたのでしょうか?

少なからず、両親は金銭的援助をしていたのですが、
それはそれで、義兄を益々、甘やかす事に繋がって行きました。
我家の父が亡くなった時も顔を出さず、母から金銭的援助が無くなると
義兄は私達兄弟へ、お金を無心するようになりました。

姉が体調不良で通院や入院にお金がかかると、
当たり前のように、お見舞い金を要求するのです。

実際、姉の体調もみるみる悪くなって行きました。
でも…度々無心したお見舞いは、義兄がさっさと使い込み、
姉は殆ど病院にも行っていない様子。
「離婚してこっちで治療すれば」と姉に話したのですが
「一人じゃ何も出来ない人だし、そっちに帰っても迷惑かけるだけだしね」と、
か細く…つぶやいていた姉

そして、この頃には息子夫婦も義兄に愛想を尽かし、疎遠になっていました。
近くに嫁いだ娘だけを頼りに、八方塞がりの中
姉は姉で、夫の言動の恥ずかしさや申し訳無さで
自分から私達へ連絡する事を嫌がり、音信不通状態へとなって行きました。
私達兄弟も、姪だけと連絡を取り合うようになってしまっていたのです。

直接、会う事も話す事も無くなって10年

義兄が改心する様子は聞こえて来ません。
リウマチ・腎炎・そして最後には乳癌に侵され…逝ってしまった姉

そんな姉が不憫だったのでしょう
我家の長兄だけは、お見舞い金を送り続けていました。
そしてこの3月…兄弟全員から、姉の供養にと金品を送りましたが
未だに…義兄から連絡が来る事はありません。

姉さん…あなたの壮絶な人生を思うと
腹立たしくて…悲しくて…泣けて…仕方ありません。

たった一人の男性によって、人生を左右されるなんて
あまりにも悔しくて、バカバカしい
そう思いながらも、深くあなたに尋ねる事をしなかった

10才年下の妹も、もう50代です。
もっと早く連絡を取り、愚痴や悪口を言い合っていれば
あなたの心が見えたのかもしれませんね。

あなたに子供が生まれると、両親と一緒にお祝いに駆けつけました。
我家のたった一度の家族旅行では、迷いなく長崎を選びました。
あの子達の結婚式にも、腹立たしい思いを隠しながら出席しました。
そして…一度きりのお見舞い
回数は少ないけど、長崎を訪ねた時の事が思い出されます。

『血』の繋がりを過信したまま
多くを語らなくても通じ合えているような気がしていたけど
女性として聞いてみたかった…
もっと早く、あなたの辛さや願いを聞いてみたかった…

姉さん…あなたは、自分で選んだ人生を全うしたんですよね。
きっと、あなただけにしか、本気で甘えられない義兄の本心を
見抜いていたのでしょうね

義兄は今、どんな生活をしているのでしょうか?
知りたくもない!
あの人と『縁』が切れてせいせいする
と毒づく私に
『クスッ』とあなたの笑い声が聞こえるような気がします。

遠い西の空に祈る
姉さん…どうか安らかに…

まとめ

ようやく悲しい物語に終止符が打たれました。
しかし、まだ義兄はノンノンと生きている現実。イライラはどうしても治まりません。
姉が結婚した当初はこんな結末を予期していたのでしょうか?
離婚という選択肢を選ばずに、義兄に捧げた人生に何があったというのでしょうか?

記事提供:c_m3さん

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