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2015-06-28
大切な友達と音信不通の数年後に突然の訃報が!あることでの後悔の念が止まらない

大切な友達と音信不通の数年後に突然の訃報が!あることでの後悔の念が止まらない
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幼いころにしてしまった後悔を、一生償うことができなくなった出来事。その思いは我が子へと受け継がれていくのです。

あれは、私が小学校のときのことです。
小学校3年生で初めて同じクラスになった一人の女の子と友だちになりました。
知り合ってすぐに意気投合し、いつも一緒にいるとっても仲良しでした。

しかし、その子はクラスの子からは避けられるようないじめを受けていたのです。
「クサイ!」「触られた!!」など男の子はよく友だちに罵声を浴びせていましたが、その友だちは決して泣いたりなくいつも毅然と振舞っていました。

私はそんな彼女が大好きで、学校も休みの日もいつも一緒でした。
しかし、私が小学校6年の12月、父の都合で引越しをすることになり、あと3ヶ月で卒業なのに転校することになりました。

知らない土地で過ごすことに辛いと感じてしまうことばかりの日々でした。
転校して1ヶ月で登校拒否になってしまいました。
「あの子に会いたいよ・・・」
そんな気持ちのまま卒業をし、中学に入学しましたがやはり1年の2学期にはまた登校拒否になってしまいました。
そして、私はやってはいけないことをしてしまったのです。

登校拒否で自宅に一人いたときに、あの子の自宅にこっそりといたずら電話をしてしまいました。

何度か繰り返していましたが、私もそんなことに飽きてしまったのと「こんなことしていてもあの子には会えない」と思い、いたずら電話をやめ学校に通うことにしました。

中学も何とか卒業し、高校も決まり新しいスタートをしました。
そんな高校1年の夏。
1本の電話が鳴りました。
それは、思ってもいない「悲しい知らせ」の電話でした。

父が電話を受けたのですが相手は引っ越す前の土地に住んでいる父の知り合いからでした。
「ねえ?○○さんって○○の友だちだったよね・・・?」
と何か言いにくそうな顔で私に話をしてきたこと今でも憶えています。
「○○さん・・・今日、亡くなったんだよ。」

私は何がなんだか分からず親に言われるがまま制服をきて、あの子の自宅に親と一緒に通夜に向かいました。
そこには、ただ横たわったあの子がいました。
「急性白血病」でした。
体調の変化に気がついてから病院へ行ったのが遅く、入院して翌日には帰らぬ人になってしまったそうです。

私は、その彼女の亡骸を見ながらあんなにいじめと向き合って負けなかった彼女に私がいじめをしてしまったこと、自分の幼稚さで彼女を困らせてしまったことに本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

一番の友だち。一番大好きな友達。そんな大切な人を傷つけてしまって私は本当に最低なことをしてしまったと感じました。
そして、もう「ごめん・・」って言えなくなってしまったことに後悔をしています。

亡くなってからもう少しで17年になります。
私はあれから高校を卒業して今は母になりました。

子どもを育てる立場になり、わが子へは「自分だけが楽しいことはいじめだからね。楽しむことはみんなが楽しいって思わなきゃそれは楽しむことではないんだよ」

と人との関わり方について自分の経験をもとに教えています。
あの時、「私、酷いことした。ごめんなさい」と言えず、もう一生言うことも出来なくなってしまった後悔をわが子にはさせないように。
ただ、私は離れて20年近くなりますが今でも彼女の笑顔や彼女と思いっきり遊んだ日々を今でも思い出しています。
彼女のまっすぐな無邪気な笑顔。

大人になってたらどんな女性だったかな・・どんな仕事をしていたのかな・・どんな人を好きになるのかな・・聞いてみたいことがいっぱいあります。

きっと、彼女が母親になったらとても優しい素敵なお母さんになっていたでしょう。
私は彼女ともし話せるなら聞きたいことがあります。
「どんなことしたかった?」と。
ごめんは言えなかったけれど彼女の分まで精一杯生きたいです。

記事提供:sea_o7o7さん

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