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2015-08-01
NYの知人にお返しの贈り物を送った時、日本人特有の何かに気付かされた

NYの知人にお返しの贈り物を送った時、日本人特有の何かに気付かされた
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アメリカ人と日本人の文化の違いの物語。日本人にはアメリカ人にはない何かがありますが、アメリカ人にとっては、そんなもの必要ないと思われるものがあるものです。留学生だった彼女は、老夫婦からそれを学びました。

アメリカのNYに留学していた、30代半ばのことです。
住んでいたアパートは、カトリックの尼さんの経営で、女性専用のしかも立地的には大変にレントが安く、住んでいるのは私のような学生とか収入の少ない独身の女性、もしくは年金生活の老婦人たちでした。

部屋は小さいながらも個室だったのですが、キッチンとバストイレ、ランドリーは同じフロアで共用でしたので、特にキッチンにはくつろげるだけのスペースにソファやアームチェア、テレビなどがあり、そこで食事を摂ったりテレビを見ながらお喋りしたりと、同じフロアの住人は何となく家族風になっていたりしました。

何しろ入ったばかりの頃は、私の英語力ではとてもお喋りに興じるわけにもいかず、でもこれも勉強と頑張ってみたのです。
学校でかなり疲れてしまっていたので、自然ラウンジ(キッチンのあるスペース)からは足が遠ざかってしまってもいました。

フロアの住人のうちカナダの出身だと言う老婦人は、何故か最初から私に対してあれこれ親切にしてくれていました。
折々に声をかけてくれたりして、緊張していた私をリラックスさせようとしてくれていたようです。
これは後から知ったのですが、私と同じ名前の日本人と親しく付き合ったことがあって、何となく親しみを覚えていたという事でした。

何しろ学校の課題で、しかもちょっとだけアルバイトも始めたので、疲労がひどかったある日のこと。
この老婦人が、「明日の夜は早く帰れる?」と聞いてきました。
バイトも休みの日でしたので、学校だけですぐ帰宅するつもりでしたから「5時には帰ってくる」と答えましたら。
「では明日の夕飯は、私が作るから一緒に食べましょう」優しく笑って、そう言ってくれたのです。

仕送り無しでの留学でしたので、ささやかなバイトで生活費と学費その他を賄わなければならず、かなり節約を強いられていた時期のことでした。
多分私がキッチンで、簡単な料理しかしないのを見て(トーストとかそんなものです)、栄養をつけさせようと思ったのでしょう。

そこまでお世話になっていいのだろうかと、まだ完全に日本人だった私はちょっと悩んだのですが、折角のご好意なので受けることにしました。
翌日帰宅して荷物を置いてラウンジに顔を出してみると、彼女がキッチンで奮闘中。

驚いたのは、パスタを茹でていた寸胴、後片付けの時に持ってみたら恐ろしく重かったそれを、中にお湯とパスタが入っている状態で、かなりのお年の彼女が軽々と扱っていた事です。

お手製のパスタとサラダをその夜ご馳走になり、本当に久しぶりにまともな物を食べた気がしました。
凄く嬉しかったので、何かお返ししたかったのですが、お金も無いし。
あれこれ考えた末に、折り紙の鶴を折って台紙に貼った、ちょっとした飾りを作ってお渡ししました。

そのとき彼女が笑って言った言葉が

「あなたもなのね、日本人は本当にお返しをする民族なのね」嫌味ではなくそう言われて、そう言えばそうなのかもしれないなあ、と思ったのも事実です。

日本人の場合、勿論感謝の気持ちもありますが、借りを作らないと言う意識が働いて、お返しをすることで立場を同じくする。そんなところが確かにあると思うのです。
それはそれでいいことだとは思うのですが。

この後もこのアパートで、他の住人たちともあれこれと付き合いがありました。
これは完全にアメリカ人(欧米人)全員がそうだとは言えませんけれど、ここでのお付き合いで共通していたのは、何かしてもらった時に、こちらが喜べば相手も凄く喜んでくれるという事でした。

この夕食の時も、「凄く美味しかった(お世辞ではなく本当にそう思ったので)、ご馳走様でした」そう言った時の彼女の笑顔は本当に綺麗だったのです。

物でお返しすることも勿論悪いことではありませんが、ありがとうの言葉と抱擁で十分気持ちを伝えられることがあるのだと、あのアパートでの暮らしで知った気がします。

この後も私が帰国するまで、フロアの移動はあったりしましたが、その老婦人とのお付き合いは続きました。
顔は余り合わせることもなくなりましたが、クリスマスプレゼントとカードのやり取りなどはしていました。

帰国が決まった時に

「日本でも頑張ってね」そういってくれた彼女。
その後もNYに旅行するたびに顔を見には行っていましたが、何年目だったでしょうかそこのシスターに「彼女エレベーターで倒れて入院して、そのまま意識不明で亡くなった」そう言われた時の何ともいえない喪失感は今でも覚えています。

「日本人の英語は綺麗だから」とも行ってくれた彼女には申し訳ないのですが、今や私の英語もすっかりNY訛り。今の私とお喋りしたら「あらあら、英語がちょっと汚くなったわね」と笑ってくれるでしょうか。

気持ちには気持ちで返すという事を教えてくれたあの老婦人、今でも折りにつけて思い出すとともに。「ありがとう、嬉しかった」の言葉を惜しまずに発するという事を、忘れないように実践している私です。

記事提供:ray-coさん

249planet みんなの体験談で井戸端会議

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