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2017-08-25
道徳で良いことを教えることは偽善になるのか?ルールを無視する大人たちへ。

道徳で良いことを教えることは偽善になるのか?ルールを無視する大人たちへ。
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「常識の範囲内で」ということをよく耳にします。常識というのは、ある程度人によってつくられるものであり、人それぞれの常識的価値観が存在します。たとえば、信号機で赤は止まれは常識です。が、渡ってしまう人がいるのも事実です。素朴な疑問を大人はどのように解釈しているのでしょうか?
小学校の時の道徳で良いことを教えることは偽善になるのか?について考えてみたいと思います。

高校生になる娘は高校受験の時に集団討論の練習でディベートをやって以来、何かと自分で質問を考えては自問自答するのが趣味です。そして時々母である私に質問の答えを求めてくるときがあります。

「誰もいない誰も人も車もいない時にちゃんと信号を守る?」
先日そんなことを聞かれました。

もちろん守るよ!と言いたいところですが、
「誰もいなかったら自己責任で信号無視して渡ると思う」と正直に答えました。

「赤信号みんなで渡れば怖くない!」ではないですが、誰かが渡るとつられて信号を見ずに渡ってしまうことがあります。
子供がつられて渡るとか、真似すると危ないのでこれは誰もいない時限定の私のルールです。

しかし正義感あふれる10代の意見は厳しいのです。
「誰かが見ているからとか、そう言ったことでルールを守ったり守らなかったりするのはおかしい!」と言うのです。
自分の中で守るべきことの線引きが必要で、誰かに言われたからとか人が見ているとかそういうことは関係ないということなんです。

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